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牛丼とタバコと孤独

家に居ても気分が乗らなかったので、今日は外に出てカフェでパソコンを開いて作業をしていた。

カフェと言ってもミスタードーナツで、ここはコーヒーのおかわりを店員が注ぎに来てくれるのがいい。

僕はコーヒーを飲み過ぎると手が震えてしまう。カフェインに弱い体質なのかもしれない。5杯目を過ぎたあたりで手が震えてきたので、それ以降はコーヒーをちびちびと少しづつ飲んだ。

 

作業がきりのいいところまで終わったので、パソコンを閉じ、気分転換に持ってきた文庫本を一章読み進めて、コーヒーを胃に流し込んで店を出た。外はすっかり暗くなっていた。

自転車に乗っていると家に帰って夕飯を作るのが億劫になったので、帰り道にあった牛丼屋に寄ってそこで夕飯を済ますことにした。

店に入ると、普段の牛丼屋とは少し違う雰囲気、なんとなく違和感を感じた。

 

どこか困ったような店員と、何もせずに店の中をうろついている老人がいた。客は他にはいなかった。

カウンターに座り、牛丼の大盛りを注文した。

その間も、老人は何をするでもなく、店の中をうろついていた。注文した牛丼が届くまで僕は気の落ち着かなさを感じていた。

考えてみると牛丼屋の中をうろつく人に遭遇したのはおそらくこれが初めてだ。

牛丼屋では皆がまっすぐに席に座り、食べ終わるとお金を払いまっすぐに店を出ていく。この店に入った時に感じた違和感の正体はこれかもしれない、と思った。

 

店には、店ごとの秩序がある。カフェは静かに座りあるいはコーヒーを飲みながら談笑し、牛丼屋はまっすぐ丼に向かい、服屋はうろつき店員に話しかけられるものだ。

そう考えた時、牛丼屋をうろつく老人は無秩序であり、その店にとって異質なものであった。

 

そんな違和感について考えているうちに、いつものように牛丼が出てきた。

紅ショウガと七味をかけ、無言で丼をかっこんでいると、老人が店員に話しかけ始めた。

話の内容は有って無いようなものであった。

今の時期の期間限定メニューはこれなのか、おいしそうだな、頑張れよ若者、お互い頑張ろうな。

店員は苦笑いを浮かべながら無言で頷いていた。そのどこか少し呆れた様子を見ると、僕がこの店に入ってくる前にもこの光景は繰り返されていたのだろうな、と思った。

 

老人は既に牛丼を食べ終わったのだろう。そしてこの店をうろついている。店員に他愛もない話を持ちかけている。

そんな話も尽きたのか、老人がゆったりと出口に向かっていくと、店員は少しほっとしたような様子だった。牛丼を食べる手は止まっていた。

店員が進んで自動ドアを開き、老人が店を出るかと思った寸前で何かに憑りつかれたかのように動きが止まる。

黙ったまま、開いた自動ドアの前でじっと動かない。『ありがとうございました』という機械的な自動音声が流れる。

 

その老人を見て思ったことは「孤独」だった。

これは勝手な想像かもしれない。家に帰れば息子夫婦がいて、孫とゲームで遊んでいるのかもしれない。

だが、牛丼屋をうろつき、店員に話しかけ苦笑いであしらわれている老人のその姿を、自動ドアの前でじっと動かない背中を見て感じたことは「孤独」だった。

 

老人は自動ドアから引き返し、近くの椅子に座った。

結局、老人が店を出るより、僕が牛丼を食べ終わる方が早かった。

お金を払い、店を出る時に横から老人の視線を感じた。どうしてか僕は老人の方を見ないようにして店を出て、自転車に乗った。

『ありがとうございました』

 

自転車に乗りながら少し孤独のことについて考えていた。自転車は孤独だ。

スピードに乗ると冷たい風が顔に当たって気持ちいい。しばらくすると孤独のことを考えるのはやめていた。

鼻歌を歌いながら、目についたものでなんとなくダジャレを考えていた。自販機の反旗、自販機はマジファンキー。

橋の手すりに寄りかかりながらタバコを吸う老人が見えた。

さっきの牛丼屋の老人よりは一回り若いだろう、と思った。

一人で夜の川に向かってタバコを吸っている姿を見たとき、ふと「孤独」であると感じた。だが先ほど感じた「孤独」とは違う気がした。

 

そのタバコを吸う姿は、一人の世界に浸っているように思えた。

一人だけで世界が完成していた。

能動的な孤独、受動的な孤独。そんな二つに分けられるなら、これはおそらく前者だ。

 

「人は生まれながらにして孤独」と今日も世界中の誰かが言っている。「一人では生きていけない」とも。

孤独に種類があるのだろうか、一様な孤独などあるのだろうか、孤独は悪いものだろうか。

 

自転車がスピードに乗ってきたので、またダジャレを考え始めた。